近年、脳科学の研究が進むにつれて、バイリンガルの人たちの脳の機能についてもさまざまなことが分かってきました。また、その特異性から、バイリンガル脳などと呼ばれたりするようになりました。
一方では、バイリンガルにまつわる様々なうわさや都市伝説的な話も巷では聞かれ、バイリンガル教育を進めているママさんパパさんには何が本当なのか悩まれている方も多いのではないでしょうか?
そこで今日は、そんなバイリンガル脳について、脳科学が明かしていることの一部についてご紹介していきます。
脳科学が明かすバイリンガル脳が強靭な理由
世界でのグローバル化や移民の増加から、バイリンガルの人口は増加傾向にあり、いまでは世界人口の50%以上は二言語を操るバイリンガルだと言われています。また、バイリンガル人口の増加につれて、脳科学の分野でもバイリンガルの脳についての研究が数多く進められるようになりました。
今回はバイリンガルが脳の機能を強くするというお話です。
神経科学者であるマリアーノ・シグマン博士の語るところによると、バイリンガル育児で育つ赤ちゃんは、モノリンガルの子供たちよりも優れた脳機能を持っていると主張しています。とりわけ、彼の本「The Secret Life of the Mind」では、バイリンガルの子供たちの増強された実行機能の能力についての探求がなされています。
バイリンガル脳のもつ優れた実行機能の能力
「実行機能」とは?
実行機能とは、複雑な課題の遂行に際し、課題ルールの維持やスイッチング、情報の更新などを行うことで、思考や行動を制御する認知システム、あるいはそれら認知制御機能の総称である。
[出典] : 脳科学辞典
となっていますが、ちょっと専門的で分かりづらいですね。もう少し読みすすめれば分かっていただけると思います。
バイリンガルの子供たちは、「注意を払う能力」「計画を立てる能力」「課題の切り替え能力」など、実行機能において多くの優れた能力をもっていることが分かってきました。
バイリンガル脳について最も研究されていることの一つは、この課題の切り替え能力(自分の意識を一つの課題ともうひとつの課題のあいだで簡単に切り替えられる能力)であり、バイリンガルの子供たちは、この点で一貫してモノリンガルの子供たちを上回ることが分かっています。
成人のバイリンガルを対象としたものですが、課題を切り替えている間の脳の活動を測定した実験があります。
実験では、参加者は画面の中央で急速に点滅する一連の物体を見るように指示されます。参加者は、物体が赤であれば右ボタンを押し、青であれば左ボタンを押すように求められました。そして突然、参加者には色の指示は忘れて、こんどは物体の形について左右のボタンを使って答えるよう、今までとは異なる指示が出されました。結果は、バイリンガルの人のほうがモノリンガルの人よりも早く2つの反応を切り替えられる傾向がありました。
バイリンガルの人たちの脳活動を測定したところ、この実験中に彼らは脳内の言語ネットワークを使っていることが分かったのです。言い換えれば、ふだん彼らが言語を切り替える脳の能力が、他の種類の課題にも役立っているということです。
なぜ実行機能が重要なのか?|バイリンガル脳の優位な点
子供たちを対象にした多くの研究から、経済的にも社会でうまくやっていける可能性が、脳の実行機能と密接に関係していることが分かっています。
そのため、多くの国では、子供たちの注意力、柔軟性、計画性などの実行機能の向上のために力を注いでいます。何かのために辛抱強く待つ能力、即時の満足感を得るために急ぐことなく、欲心をコントロールできる人になるためには脳の実行機能の向上が必要です。
また、脳の実行機能が上手に働く人は、一般的には学校でもよく勉強し、より良い仕事を見つけ、健康的な生活を送ることができるとされています。そういった人たちはより良い社会を創るのにも社会に好影響を与えているのです。
平たく言えば、実行機能とは「いったん目的を定めたら、それを達成するために計画を立て、すぐに行動し、感情を制御し、即物的な満足に惑わされることなく、辛抱強く待つことができて、柔軟性をもって対処し、優れた記憶力をもち、マルチタスクで仕事を進め、自己分析できる能力」ということでしょうか。
バイリンガル脳が、ふたつの言語を操るために使われる言語ネットワークやスイッチング機能を流用して、こういった実行機能で優位性をもたせているというのは、じつに驚くべきことでしょう。
バイリンガルにまつわる都市伝説
「ふたつの言語を一度に学ぶと子供たちの脳が混乱してしまう」という話をよく聞きますが、バイリンガルにまつわる都市伝説はこればかりではありません。
たとえば、「フランス人の母親は子供にはフランス語だけを話し、子供は学校ではスペイン語だけを話し、家では英語だけを話す」というように、それぞれの人は一つの言語だけを話すように一貫性を持たなければならないというのも、バイリンガルの都市伝説一つです。
しかし、これは真実ではありません。赤ちゃんは、その人が話している言語を顔の表情からつかみ取るのがとても上手なのです。つまり、赤ちゃんは言語の種類にかかわらず、文脈を理解することに長けているのです。
バイリンガル脳は共感性にも優れている
バイリンガル脳では自分とは異なる視点から物事を見ることができるので、子供たちがより共感的になるのに役立っています。
たとえば、ある実験では、大人が子供に小さなおもちゃの車を渡すように頼みました。おもちゃの車には大、中、小の3つがありましたが、大人には一番大きい車と中ぐらいの車しか見えません。バイリンガルの子供たちは、大人が一番小さい車を見ることができないことを知っていたので、中ぐらいの車を選ぶという傾向がありました。また、この研究では、バイリンガルである必要はなく、他の言語に触れていれば十分だということも分かっています。
つまり、多くの言語に触れることで、相手の立場に立って物事を考えられる共感性の能力が発達することが、この研究から示されました。また、バイリンガル脳では時間の流れを違った形で体験し、そのことが、子供たちが多様性や異文化に慣れるのを助けていることが分かっています。
まとめ:バイリンガル脳が実行機能の発達に貢献できる可能性
最後に「バイリンガル教育を推進すべきかもしれない」とシグマン博士は結論づけています。認知能力の発達をうながすために用いられる多くの方法は、コストのかかる割には効果の薄いものでしたが、バイリンガル教育は、それらの方法よりもはるかにシンプルで、美しく、永続的な方法だからです。
また、それと同時にこうも言っています。「バイリンガル脳の実験は、文化の違いなど他の変数をコントロールするのが面倒で、実施が難しい」
また、「バイリンガルであることは心の健康を維持するのに良い方法のようだが、自動的に認知症にならないことを意味するわけではないし、認知制御がうまくいくわけでもない。バイリンガルは確かに寄与する要因ではあるが、それは他の多くの要因のうちの一つに過ぎない」、「脳の働きを完全に理解するにはまだ程遠い」と博士は付け加えています。
言い換えれば、脳は複雑で謎に満ちているということです。これからも、バイリンガル脳についての研究は進められるでしょうが、現時点で過度に評価することは慎みつつも、少なくともバイリンガル教育には認知能力にプラスの効果はあっても、マイナスの要因はないということは知っておくべきでしょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
バイリンガルについての記事にはこんなものもあります。
≫ 日本でバイリンガル子育て|誰でも家庭でできる方法【キッズ編】
≫ 無料で読める英語絵本サイト21選|バイリンガル教育の読み聞かせに最適!
≫ 子供のバイリンガル教育で英会話を伸ばすために知っておくべきこと
[参考]
World Economic Forum: A neuroscientist explains why being bilingual makes your brain more robust